2005年07月31日

松本、研修の報告 (2)

福井のうるし掻き技術を取材〜 続き

次に、和田さんのうるし掻きカンナとうるし掻き鎌を見せていただいた。

wadaa_3.jpg
越前の道具が(○に五)ほとんどで田子(○にと)のものが少し混じる。、道具の研ぎは基本的な形状をしている。

和田さんによると、生うるしの価格が高かったときは、長崎の国旗事件の翌年で1貫目25,000円。さらに翌年が10,000円ほどに下がったそうだ。
和田さんが嬉しかったのは、宮様の結婚式に使うので売ってほしいと言われて1貫目8,000円で買い求められたこと。まことに職人名利に尽きる話と思う。
(記/松本和明)

写真は和田さんの道具です。たくましい機能美にあふれていて“生きた道具”だなあと思いました。
その後も生うるしの価格は下がり、和田さんは自らバイクにまたがり、鬼無里から木曽まで直接注文取りをして歩いたそうです。

wada3.jpg
松本が近所の漆の立ち木を見に、和田さんに案内して頂いたのですが、83才にして背筋をのばし颯爽とバイクにまたがるこの姿!
wada_4.jpg
終戦後はシベリア抑留になり、無事帰還したあと、この仕事に就いたそうです。苦労された経験も持ちつつ、多くの時代を乗り越えて今なお熱心に山と向き合う、日本男性の粘り強さを見せていただけたと思います。和田さん、お世話をして下さった長野市鬼無里の市所長代理の宮下さん、ありがとうございました。
posted by sawako miyazaki at 22:01| 松本の文化庁研修報告

2005年07月30日

松本、研修の報告

先日の奈良での研修での研修に引き続き、今度は長野県在住のもと漆掻きの男性に、当時の様子をお聞きしました。
松本和明が、その様子をご報告します。

〜福井のうるし掻き技術を取材〜
<7月21日>


半世紀前頃から長野県で、漆掻きをされていた和田佐七さん(83才)にお話頂いた。
和田さんの最後のうるし掻きは1984年。
70歳になるまでうるしを掻いていた。
うるし掻きの師匠は福井の人で、越前のうるし掻きは70人ほど長野に入って来ていたそうだ。
当時の山の現金収入といえば、薪か炭くらい。越前から出稼ぎするなら良い金になるのでは…と当時の日本漆組合副会長と知り合い1948年にうるし掻き技術を習ったそうだ。
そして、漆問屋でもある師匠に借金をし、1949年より35年間うるしを掻く。当時は、政府が助成金を出して組合を作るように奨めており、日本全国の漆掻きの状況を把握しようとしていたらしい
。職人一人当たりの仕事量は、ひと夏で10年〜15年生のうるしの木を400本ほど掻いていた。掻く木は毎年買い付ける人がおり、1本当たり20円〜30円程で取引きされていた。(記/松本和明)

wada-1.jpg
※写真/当時の様子を語る和田さん。
posted by sawako miyazaki at 22:29| 松本の文化庁研修報告

2005年07月29日

香川県でのうるし掻き、始まりました。

4月8日に、今年のうるし掻き予定地の“下草刈り”の報告をしました。
そして、おととい7月27日に、一回目の“傷付け”を行いました。いよいよ待望のうるし掻き開始です!
雨がずっと降らなかったので待ちに待ったうるし掻きです。(うちは遅めに始めるのですが、今年はいつにもまして遅くなっちゃいました)
729--1.jpg
きょうは松本がうるし畑に草刈り行き、写真を撮ってきました。
(うるし畑のさらに上にも、長い間確認していない木があるとのことで、茂った草木を掃除しつつ探しに行ったのです…このご報告は、また今度!)

729_2.jpg
一回目の“傷付け”では、うるし樹液は採りません。
うるしの木に「今年、あなたから樹液をいただきますよ」という“ごあいさつ”をするようなもの。
何回かの傷付けで刺激をうけて「いよいよだな」と、うるしの木は樹液を採られる準備をします。
初めての傷付けにもかかわらず、
こんなにいっぱいうるし樹液が流れ出していて…松本もびっくり!(笑)
これは期待できそうです。

posted by sawako miyazaki at 00:42| うるし掻き

2005年07月25日

『 植えて30年、今日が晴れ舞台 』

7月23日の土曜、松本が研修先の奈良県で漆掻きをしてきました。
松本和明が、その様子をちょっとご報告します。

nara_3.jpg
北村昭斎さんと日本工芸会近畿支部漆部会の人たち。

奈良の大仏さんのすぐ近く、奈良市のど真ん中に、とてもりっぱな樹齢30年のうるしの木があります。螺鈿の人間国宝、北村昭斎さんの自宅の庭です。日本工芸会近畿支部漆部会の人たちが見守る中、漆を掻かせてもらいました。僕が行って掻いたのはこの1日だけでした。が、北村先生が今まで上手に傷をつけられていたので、思いのほかいい漆がたくさん出て、会の人たちと盛り上がりました。(記/松本和明)

nara_2.jpg
今日はこれだけ採れました。8月になると、もっとたくさん出ます。


今日の日記のタイトルは、その日の北村先生のセリフだそうです。(笑)
先生によると、30年ほど前に会津系の苗を手に入れ、自宅の庭に植えたそうです。
漆掻きのできる松本が、研修でこの夏、先生のところに行くことになったので、「この木も大きくなりすぎたし、いい機会だから工芸会の人を集めて漆掻き研究会をしよう!」
…と思い立ったそうです。運良く、ほんとうにいいシーンに出会えたとなあ…と不思議に思います。
posted by sawako miyazaki at 22:01| 松本の文化庁研修報告

2005年07月22日

木には命が集まる

いま、松本は研修のために長野と奈良に出張中です。また、取材内容をご報告できると思います。

というわけで、松本の日課でもある工房の畑の苗の水やりは、いま私がしています。
改めて足を踏み入れると、この小さな畑も、春の頃とはかなり違う形相になっていました。

kumazemi.jpg
るしの幹にとまったクマゼミ。しっかり口の管を突き刺して、お食事中です…

kanahebi.jpg
しっぽを切られて間もないカナヘビ。うるしの葉に来る虫をねらっているのかな。

木の下の草むらには、指先ほどの小さな色とりどりのアマガエル(今春、オタマジャクシだった新米カエルです)が、幼いコオロギたちといっしょにぴょんぴょん飛びはねています。
葉っぱには、奇妙な姿をしたハチとも羽虫とも言いがたいような虫がとまっています。
そして、枝には小鳥…たぶんスズメが羽休めした痕跡があり…あちこちにふんが葉に落ちています。
そして、幹にはクマゼミがしっかりしがみついていたりするのです。

つくづく木は、生き物たちの命の“寄りしろ”だなあと思うのです。
posted by sawako miyazaki at 22:06| 日記

2005年07月17日

赤ちゃんが来た!

「“孫椀”が急いでほしい」というご夫婦が工房に来られました。
しかし、昨日まで大阪で行事があり、多くの作品が出張に出ており、申し訳ないけど数日お待ちいただいていました。
きょう、その方は、小さな小さなかわいい男の子の赤ちゃんを大事そうに連れてこられました。

朋樹くんというその赤ちゃんは、明日が「お食い初め」なんだそうです。

世間には、お椀なんてあふれるほどあるのに、そんな晴の日に和うるしのお椀を選んでくださるなんて…!!
朋樹くん、おめでとう。健康ですてきな男性に育ってね。
posted by sawako miyazaki at 22:15| 日記

2005年07月14日

玄米のご飯

714_genmai.jpg

一ヵ月ほど前から、ご飯を玄米に切り替えています。玄米ご飯はほんとうに久しぶりです。
うちのお米は、松本の実家が有機肥料低農薬で作ったものを食べています。もみの状態で保存しているものをもらい、自分で精米しているのです。

玄米は炊くのが難しい、とよく言われるのですが私はふつうの炊飯器で炊いています。
白米とはちがう独特の風味が大好きで、おかずはいらないくらいです。(笑)
今日は、つや消しの“大常椀”によそってみました。

このお米を作ってくれた松本の両親。昨年の収穫ごろは松本の父も、あんなに元気だったのになあ。ふと義父の日焼けした笑顔を思いだしました。
posted by sawako miyazaki at 21:00| 日記

2005年07月12日

虫発見!!

うるしの葉っぱを食べに来る虫くんを発見しました。
712--musi_2.jpg
イモ虫はときどきいるのですが、松本の日頃のチェックと近日の大雨で脱落者が多々でした。

712-musi_3.jpg
私はまったく平気な方なので「中開いてみせて〜」という松本に、「ほれほれ」とゆりかごの中身を公開して見せました。(笑)
うるしの木が丸坊主になっては困るので、悪いけど彼らには退陣してもらいました。

posted by sawako miyazaki at 22:42| 日記